第605話 繁盛店ほど、“次の商品”より“なぜ売れたのか”を守れ
Crumblの失速に学ぶ、成長ブランドの落とし穴
米国のクッキーチェーンCrumblが注目されています。
Crumblは、パンデミック後に急成長したブランドの一つです。大型で見た目にもインパクトのあるクッキー、週替わりの商品展開、SNSで拡散されやすいビジュアル、ギフト需要などを背景に、短期間で店舗数を増やしてきました。
しかし、Restaurant Businessは10月2日、同社の勢いが鈍化している背景として、急速な店舗拡大に加え、クッキー以外の商品領域への展開などを取り上げています。特に「dirty soda」への展開は、期待した成果を上げなかったと報じられています。
この事例は、日本の飲食店や多店舗企業、FC本部にとって非常に重要な示唆があります。
繁盛店になると、経営者は次の成長を考えます。
新商品を出す。
新業態を作る。
新しい時間帯を狙う。
物販を始める。
ドリンクを強化する。
デリバリーを広げる。
FC展開を始める。
もちろん、成長のために新しい挑戦は必要です。しかし、ここで最も大切なのは、「次に何を売るか」ではありません。
まず確認すべきは、なぜ今の商品が売れたのかです。
お客様は、なぜその店を選んだのでしょうか。
味が良かったからなのか。
見た目が楽しかったからなのか。
SNSに投稿したくなるからなのか。
ギフトに使いやすかったからなのか。
限定感があったからなのか。
価格に納得感があったからなのか。
他では買えない体験があったからなのか。
ここを言語化しないまま新しい商品領域へ広げると、ブランドの軸がぼやけます。
たとえば、クッキーで成功したブランドがドリンクを始めること自体が悪いわけではありません。クッキーと相性のよい飲み物であれば、客単価アップや利用シーン拡大につながる可能性があります。
しかし、お客様がそのブランドに期待している中心価値が「特別なクッキー体験」だった場合、ドリンクの存在感が強くなりすぎると、ブランドの印象が分散する可能性があります。
これは日本の飲食店でもよく起こります。
ラーメン店が丼ものを増やす。
焼肉店が韓国料理を増やす。
カフェが食事メニューを増やす。
居酒屋がランチ、弁当、物販、冷凍食品を同時に始める。
唐揚げ店がカレー、餃子、スイーツまで広げる。
最初は売上を増やすための前向きな挑戦です。しかし、商品が増えるほど、厨房は複雑になります。仕入れ品目が増え、在庫管理が難しくなり、教育負担も増えます。スタッフは覚えることが増え、提供スピードが落ち、品質のばらつきも出やすくなります。
結果として、本来一番強かった看板商品の品質まで落ちることがあります。
お客様から見ると、「何の店なのか分からない」「前ほど魅力を感じない」「以前の看板商品が弱くなった」と感じられてしまう。これが成長ブランドの怖さです。
繁盛店ほど、広げる前に守るべきものがあります。
それは、看板商品の価値です。
多店舗展開やFC化を考える場合、この視点はさらに重要になります。1店舗のときは、社長や店長の感覚で商品を増やしても対応できるかもしれません。しかし、10店舗、30店舗、FC加盟店へ広げると、商品数の多さはそのまま運営負担になります。
FC本部にとって大切なのは、「たくさん売れる商品を持っていること」ではありません。
誰が作っても、どの店でも、同じ価値を提供できる商品を持っていることです。
その意味で、成功したブランドほど、拡大前に次の問いを持つべきです。
自社の一番の来店理由は何か。
お客様は何を期待して来店しているのか。
看板商品は今も十分に強いか。
新商品は看板商品の価値を高めるのか、薄めるのか。
現場はその商品を安定して提供できるのか。
加盟店でも同じ品質を再現できるのか。
この確認をしないまま商品を増やすと、成長のための施策が、逆にブランドの弱体化につながる可能性があります。
特にSNSで一気に広がったブランドは注意が必要です。
話題性で集客できたブランドほど、次の話題を作ろうとします。しかし、話題性と継続来店は違います。SNSで一度買ってもらうことと、地域のお客様に何度も選ばれることは別の力です。
本当に強いブランドは、話題が落ち着いた後も選ばれます。
そのためには、「珍しい商品」ではなく、「また買いたい商品」が必要です。
Crumblの事例から学ぶべきことは、クッキー以外の商品を出してはいけない、ということではありません。そうではなく、成功したブランドほど、本業の価値を見失ってはいけないということです。
新しい商品を出す前に、なぜ今の商品が売れたのかを確認する。
新しい業態を作る前に、今のブランドの強みを言語化する。
新しい店舗を増やす前に、看板商品の再現性を高める。
これが、成長ブランドに必要な順番です。
売れているときほど、経営者は広げたくなります。
しかし、広げる前に深めることが必要です。
お客様がその店を選ぶ理由を深める。
看板商品の品質を深める。
現場での再現性を深める。
ブランドの約束を深める。
繁盛店ほど、“次の商品”より“なぜ売れたのか”を守るべきです。
成長とは、何でも増やすことではありません。
お客様に選ばれている理由を、より多くの店舗で再現できるようにすることです。
その軸を守れたブランドだけが、一時的なブームではなく、長く選ばれるチェーンへ成長していくのではないでしょうか。
