第507話 居酒屋業界の新たな挑戦:不振からの脱却を目指す「てんぐ大ホール」の成功戦略
新型コロナウイルスの影響で業績が低迷していた居酒屋業界。従来の宴会需要を頼りにしていた店舗が苦境に立たされる中、新たな収益モデルとして注目されているのがテンアライドの「てんぐ大ホール」です。この「飲める食堂」は、食堂と居酒屋の魅力を融合させたハイブリッド業態として、経営回復の突破口となっています。その取り組みを深掘りしてみましょう。
コロナ禍での苦境と新業態への挑戦
テンアライドは、炭火焼き鳥を扱う「テング酒場」や、宴会利用が多い「旬鮮酒場天狗」を主力ブランドとして展開してきました。しかし、コロナ禍で宴会需要が激減。従来のビジネスモデルに限界を感じた同社は、2021年4月に新業態「てんぐ大ホール」を立ち上げました。
この業態は、昭和の大衆食堂の雰囲気を持ちながらも、若者の心をつかむエンターテインメント性を重視した内容に仕上がっています。豪快で見栄えのする料理や、SNS映えを意識したドリンクを揃え、昼夜問わず幅広い客層を集客する仕組みを構築しました。
SNS映えとコスパの良さで若者を集客
「てんぐ大ホール」が人気を集める理由の一つが、そのエンターテインメント性に富んだメニューです。例えば、輪切りのレモンがタワーのように盛り付けられた「タワーレモンサワー」や、筒を外すとソースがあふれ出す「洪水ティラミス」など、視覚的にも楽しめる商品が多数揃っています。
また、料理は定番メニューながらボリューム満点で、価格も手頃。「昔ながらのナポリタン」(649円)や「プリプリ海老焼き飯」(869円)などのメニューが若者に支持され、特に20代からの人気が急増。SNS投稿も盛んに行われることで、さらなる集客につながっています。
居酒屋から「飲める食堂」へ、業態転換の成果
既存の居酒屋店舗を「てんぐ大ホール」に業態転換する取り組みも進んでいます。2024年4~9月期の既存店売上高は前年同期比で11.3%増加。コロナ禍前の利用客層とは異なり、来店者の2~3割がアルコールを頼まず、食事メインで訪れるケースも多く見られます。
若者の行動調査によれば、「飲みに行こう」ではなく「ご飯に行こう」と誘う傾向が強まっているとのこと。このようなトレンドを反映し、食事メニューを充実させた結果、平日夜でもにぎわう店舗運営が可能となりました。
幅広い客層を取り込む戦略
「てんぐ大ホール」の特徴は、若者だけでなくファミリー層やシニア層にもアピールできる多様なメニュー展開です。ランチタイムには定食メニューを増やし、郊外の店舗ではシニア層の来店を促進。また、子供向けメニューやノンアルコールドリンクの種類を豊富に揃えることで、家族連れの利用も増えています。
さらに、従来の居酒屋で人気だったメニューを取り入れることで、中高年層のリピート利用も確保。幅広い年齢層に対応することで、コロナ禍以前よりも多様な客層を取り込むことに成功しています。
店舗運営の効率化と収益回復
「てんぐ大ホール」は、効率的な店舗運営にも力を入れています。スマホでのモバイルオーダーや決済システムを全店舗で導入し、セルフサービス方式を一部採用。セントラルキッチンでの大量調理による原価低減も行い、利益率の向上を図っています。
その結果、2024年3月期には5期ぶりに黒字を達成。さらに、24年4~9月期には6900万円の最終黒字を計上し、経営は回復基調にあります。
居酒屋業界再生のヒントとなる「てんぐ大ホール」
テンアライドの藤岡慶取締役は、「お客さまと従業員の両方が楽しめる業態を目指した」と語ります。コロナ禍で減少した人々の交流を再び取り戻し、食事だけでも楽しめる店舗を追求。「てんぐ大ホール」の取り組みは、業績低迷に悩む居酒屋業界全体にとって、一つの成功モデルとなり得るでしょう。
これからの居酒屋経営に必要なのは、新たな顧客層を取り込む柔軟性と、経営効率を高める工夫です。「てんぐ大ホール」の成功事例は、居酒屋業界の未来を切り開くヒントとなるのではないでしょうか。
日経新聞より